幼稚園の一匹狼親子日記

幼稚園で決して群れない親子の物語

妊娠に至るまで

今日は妊娠に至るまでを書き留めておこうと思う。
治療のスタートが12月。翌年の10月に2回目、凍結受精卵を2個同時に戻して着床、1つが育って10月末に病院を卒業。
そこから産婦人科へ移って色々とやってみたけど最後まで逆子の為、翌年の6月に帝王切開にて出産。

体外受精の治療期間は約10ヶ月。
採卵は多分3回、受精卵4個、1つ目は凍結せずフレッシュな受精卵を1個8月に1度戻して着床はしたけど、育たずに流れてしまった。
その時は、腹痛が少し強めに出て生理痛のような感じだった。特別な処置はなし。

2回目を10月に凍結受精卵を2個同時に戻して着床。そのまま1つが育ち出産。

着床して、卒業するまでは多分2週間位。
着床しても育っていかないことも、ある。1度目の時は着床した時のHCGの数値があまり良くなかったと記憶している。
育つかな?ちょっと厳しいけど、見ていきましょう。そんな感じだったと思う。

私は、不妊治療についてあまり知識があった訳ではないが、何とかなるだろう位に考えていた。私が苦しいと感じたのは、第二子の不妊治療をスタートさせてからだ。
産後半年から3年近く治療を重ねたが、結果が出なかった。赤ちゃんを預けての治療。体力も思ったより落ちていた。

不妊治療は、がんばっても結果が出る訳ではないんだと実感する。
心を整えて現在。コロナ禍で通院も難しく、様々な状況を考えて治療を卒業すると決める。

人工授精ではなく体外受精へ

不妊治療の中でよく聞く言葉。ステップアップしましょうって。これってさ、いい意味で捉えると上にいくってイメージだけど、今の治療より高度な治療にした方が良いという判断をされたってこと。
Dr.の判断にもよるし、少しことあたりから治療費っていくらになるんだろう?とか頭の中でぐるぐると考えが巡る。

私が人工授精をしなかったのは、男性不妊に近い原因が見つかり、精子の数が極端に少なかったから。これでは受精するのは難しいという判断だった。体外受精の中でも、顕微受精という方法で私は治療を進める事になった。
今は、もっと高度な治療が沢山あって本当に医学の発達はすごい。

体外受精と聞いて、まず何が1番大変なのか?
色々あるが、大きくは卵子をとる採卵という作業。作業というか、治療になるのかな?
卵子を増やすホルモン剤を飲んで、その間に注射も打つ。副作用で頭痛がしたり、お腹も張る。その後、超音波で確認しながら卵子の数が増えて大きくなっていくと、
卵巣に専用の針のついた器具で卵子をとる。もちろん、診察台で軽いオペに近い感じ。
麻酔をしないでする人が7割位だったと記憶している。だけど、私は一度麻酔なしでやったら過呼吸になって大変だったので、そこからはずっと麻酔をして採卵をしていた。

採卵の回数?ってもう忘れてしまったけど、ざっくりと15回以上かなぁ。
採卵って、毎月はできないもので、卵巣を休ませたり、採卵後に多少の出血があったりもするから、身体に対する負担は大きいと思う。

そういえば、不妊治療と同時期に鍼灸の治療も併用していた。
これはよく聞く話だけど、私も結果的に良かったと思っている。
冷えやすかったり、体調を整える意味でも鍼灸の治療はおすすめ。

私の治療の経験が、どこかで何方かのお役に立てますように。最後までお読みいただきありがとうございます。

不妊治療の内容

今日は、不妊治療の内容について書いておこうと思う。
私の通院した病院は今は新宿にあるS産婦人科
ホテルのように綺麗で、とても病院とは思えない感じ。通院当時は、世田谷にあった。

まずは、人工授精からやってみましょう。という事で。。で、人工授精?というのは、診察台で持ってきた容器から自宅や病院で採精してきた精子をチューブか何かで注入するようだ。私は、実は理由があり体験していないのだけど、診察台で準備して待っていた時に、度々今から注入しますね。という状況を聞いていた。
その位あっという間に終わる印象を持っている。私が人工授精が適応ではなかった理由はまた次回。

産婦人科の診察台にのる経験は、私は最初はハードルが高いと思っていた。自動で足が開く椅子というのは、後にも先にも産婦人科のみだから。
だけど、人間、回数をこなせば段々と慣れてくる。好きにはならないけど、しょうがないよなという気持ちになってくる。

何でも最初は違和感があるけど、慣れて仕舞えば順応できる。
人間の感覚ってすごいな。

不妊治療のはじまり

私が、不妊治療を始めたのは37歳3ヶ月から。

結婚も早くはないけど、こどもは自然と授かるだろうと思っていた。偶然、夫の友人夫婦から、長い不妊治療の話を聞いてとりあえず行くだけ行ってみたら?と。
この話がなければ、もっと先送りになっていたと思う。
何かしらのきっかけがなければ、中々、産婦人科を受診するのは勇気がいる。
最初は近所の産婦人科、ん??
あまり詳しい話はなく、期待外れ。こんなものなのかな?
もっと専門的な所に行った方が良いだろうと直感的に感じた。
そして都内の大きな不妊治療専門病院へ。
病院選びも相性なので、変えてみるのも大切。

焦らず、自分の直感を信じるのってとっても大切。

私は、母親が古いタイプの人なので不妊治療について偏見があると感じていたので、伝えずに現在に至っています。

これは、かなりシンドイなと。
親世代は、デリカシーなくお子さんはとか?2人目は?とか平気で言ってきたり、3人産んで一人前とか。辛い目に合ってる人も多いんじゃないかな。

そんなのあなたにカンケーねー!!
リラックスしていこうぜ♫

続ひとりっ子問題

ひとりっ子について私はナーバスな問題と書いていたが、それには理由がある。
二人目の不妊治療を断念したから。
不妊治療の成功例や、それまでの経緯などを書いてあるブログは多いが、どのような経緯でやめた、その時の気持ちなどは記されていない事が多い。早く次の事に気持ちを移して忘れたいというのが本音であると私は思う。
芸能人が45歳で2人目を妊娠し、安定期に入ったという記事を目にした時に、もしかしたらいけるかも?なんて一瞬心が揺らぐ事だって未だにある。自分では心にケジメをつけたのに。

私は1人目も体外受精で授かった。正確に言うと顕微受精になる。顕微受精が適応した理由に夫側に不妊の要素があったからである。
日本でいう不妊治療というとまず最初は、タイミング法→人工受精→体外受精→顕微受精となる。それぞれの内容は割愛するが、流れとしてはこんな感じ。

日本の教育システムでは、出産、子育てについては殆ど触れられていない。私自身、恥ずかしながら妊娠してから知った事、出産してからわかった事は沢山ある。
もっと前に知っておきたかったという事は沢山あるが、思い出す事を少しずつ書き留めて置こうと思う。
つづく。。

ひとりっ子について

幼稚園年中に通う娘はひとりっ子。初対面のママ友の会話といえば、兄弟の有無、どこに住んでるのか?仕事はしてるのか?
と、大まかな探りを入れてくる。
私はアナタに正しく答える必要があるのか?と思ってしまう。答えたくないという選択肢もあるよなと。

兄弟の有無って、結構ナーバスな質問だと個人的には思っている。だけど、聞いてくる親は大抵複数の子どもがいて、それが当たり前だと思っている。共通点を見つけたいのは理解できるが、こどもが何人居ようが、関係のない事。
複数いるから幸せって事もないし、大変か?といえば、比べなくてもこどもの個性で育てやすいとか、育てにくいとかはあると思う。

こどもを通しての友人、というか知人になる訳だけど、そこまで具体的に話す必要性を感じない。
最近のニュースで、ママ友にマインドコントロールされて自分の子供に食べ物を与えられず餓死させてしまったという事件。
育児をしていると自分の事が後回しになって、思考も停止とはいわないけど、物忘れが多くなったり、ゆっくり考える時間がないから、マインドコントロールされやすい状況だと思う。

誰かと一緒にいないと育児をしていくのが不安に感じる事もあるだろうけれど、そんな事はない。こどもって、ホント一人一人個性が違うから正解も不正解もない。
母が良いと思えば良いし、誰かに聞いても当てはまらない事も多い。

もっと勘違いなくらい自信もって育児をしていこう!すべてにおいて、OKなんだ。反省なんてしないぞ。

免許の更新から一風堂限定ラーメンへ

今日は夫の免許更新へ付き合う。といっても今回は優良講習。いつもはスピード違反があったりで、長い講習を受ける事が多いようだけど、今回は30分。子供を幼稚園に送ってから免許センターへ。平日は空いている。私もあと4ヶ月で更新になる。下見も兼ねて中に入ってみた。
新しくなった免許センターは、広くてカフェまでついていた。久しぶりに集中して読書。
あっという間に終わって、夫のラーメン道に付き合う。期間限定の一風堂の家系ラーメンを食べよう!と。太さ3mm、パスタのようなモチモチの麺。濃い目のスープ。
夫とは別に、私は細麺の特製白丸をオーダーした。久しぶりにゆっくりラーメンを食べた。
あー満足。

必要な買い物や用事を済ませて、幼稚園へ迎え。今日は夫が園の中まで入って迎えに行ってくれている。私は車内でゆっくりと待っていられる。些細な事だけど、夫のお陰で幼稚園ママに接触しないでいられる日は、有難い。
だって、髪も寝癖つけたまま帽子を被って、ほぼノーメイクだって誰にも会わなければ関係ないもんね。
夫よありがとう!